遠州掛川5万石の小大名から、土佐24万石の大大名に出世した、サクセスストーリーの人です。
では、いってみましょう!

・・・・おい、金かい。。。
この人、織田信長、豊臣秀吉に仕え、一介の武士から大名にまでなった人です。「律儀の人」で名を馳せたのですが、出世欲が強かったんでしょうかね?
で、秀吉の死後、関が原の戦いでは家康側の東軍についています。
小山評定(各大名が、「おい、西軍に味方する?」「うーん、東軍にしようか?」「いや、やっぱり秀吉さんには恩があるしなー」と「西軍、東軍、どっちに味方する?と話し合った会議です)で、真っ先に「家康さん、おいらの城、どうぞつかってくだせえ」と言ったために、その功が報われて、土佐一国24万石の大名になりました。
うーん、彼の本質は、出世欲のカタマリだったのか?
脳内メーカーは、それを「金」であらわしたのか?
やはり、毎度のことながら、恐るべし、脳内メーカー・・・
さて、その一豊を支えたのが、妻である「千代」です。
もしかして、一豊よりも有名かも。内助の功の典型のような女性です。
ついでに、千代の脳内も見てみましょか。

おいっ、お前も欲に目がくらんだのかぁぁぁぁぁぁ!!
夫婦して、欲のカタマリだったのかーーーーーー!!
こうなったら、この二人の相性を見てみようっと。

二人はやっぱり仲良しでした。相思相愛。
大河ドラマは嘘じゃなかったのね。
千代の脳内のまん中にある「H」が、なんとなく笑ってしまいます。
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